2014年度大学院・学部講義
「比較政治」



【授業の目的】

 今日の日本は複合的な危機に直面しています。非正規雇用の割合は全就業者の4割に近づき、とりわけ若者と女性のあいだで不安定な雇用に就く人が増えています。正規雇用者と非正規雇用者、中央と地方の格差は拡大をつづけ、すでに先進国ではアメリカに次いで不平等な社会になりつつあります。不安定な雇用と暮らしに直面する若者や女性は家庭を持つことも難しくなり、少子高齢化が急速に進行しています。高齢化にともなって社会保障費が急増する一方、国と地方は巨額の財政赤字を抱え、身動きが取れない状態がつづいています。これから数十年にわたって続く人口減少は、経済や社会保障の仕組みを根底から脅かすと考えられています。

 これらの複合的な問題は、日本の社会が過去から引き継いだ「遺産」です。ではなぜ、日本の政治はこれらの問題と正面から取り組み、解決への道筋をつけてこなかったのでしょうか。私たちにはどのような選択肢が残されているのでしょうか。グローバル化の下で同じような格差拡大、雇用の流動化に直面し、家族の変容や高齢化を経験してきた他の先進諸国は、どのような対応を行ってきたのでしょうか。

 この講義では、家族のあり方、雇用のあり方、経済と社会保障の関係など、私たちの生活と密接にかかわる政策を、比較政治学のアプローチから検討します。具体的には、自由主義モデルのイギリス、社会民主主義モデルのスウェーデン、保守主義モデルのフランス、日本という四つの代表国をとりあげ、(1)雇用、再配分、家族、グローバル化への対応をめぐる政策の違い、(2)各国の違いをもたらした政治的要因を検討します。たんに比較するだけでなく、どのような政治的工夫がよりすぐれた対応をもたらしたのかを考えます。これらの検討を踏まえ、将来の日本にどのような展望や選択肢があるのかを考えていきたいと思います。

【学部・学年の指定】

学部3年生以上。大学院生。


【授業の到達目標】

 到達目標は次の三点です。

 (1)戦後先進国の政治経済の基本構造を理解すること。1970年代から今日にかけての国内外の構造変化と、今日の先進国が共通して直面している政治的・経済的課題を説明できるようになること。

 (2)各国の対応がなぜ異なってきたのかを、比較政治学の概念や理論(政党システム、労使関係、リーダーシップなど)を用いて説明できるようになること。

 (3)日本の将来の進路について、自分なりの考えを持ち、その根拠を説明できるようになること。


【授業の方法】

毎回リーディング・アサインメントを用意します。また一方通行の講義とならないよう、グループ・ディスカッションの時間を組み込みます。講義時間内に2度の小レポートを実施し、次の講義でフィードバックと進度の調整を行います。


【授業の内容】

 第1部では、日本と先進国に共通する現在の政治・社会・経済の問題点を指摘します。これらを分析するための理論を紹介し、講義全体の理論枠組みを導きます。

 第2部では、戦後レジームの形成と変容を比較します。自由主義レジームのイギリス、社会民主主義レジームのスウェーデン、保守主義レジームのフランスを比較し、なぜ異なるレジームが形成されたのか、1990年代から現在までどういう改革を行ってきたのかを検討します。これらとの比較から、日本の共通性と独自性を検討します。

 第3部では、トピックごとの比較を行います。雇用政策、家族政策、反貧困政策を検討し、先進国の政策が大きく「ワークフェア」型と「自由選択」型に分岐していることを見ます。これらの分岐の背景として、政党の競争空間の変化があることを指摘します。

 第4部では、日本の困難の背景として、20年にわたる政党の離合集散があることを指摘し、今後の政治のあり方、政策の展望について議論します。


【授業の計画】

 (1)オリエンテーション

1 現状と理論

 (2)現状の問題点
 (3)理論枠組み

2 戦後レジームの形成と変容

 (4)戦後レジームの理論
 (5)自由主義、保守主義、社会民主主義レジームの分岐
 (6)日本の戦後レジーム
 (7)新自由主義から「第三の道」へ―イギリス
 (8)社会民主主義の刷新―スウェーデン
 (9)連帯の模索―フランス
 (10)分断された社会―日本

3 課題と展望

 (11)労働社会のゆくえ
 (12)家族のゆらぎと再定義
 (13)グローバル化と貧困・排除
 (14)新しい政治的対立軸

4 日本の選択肢


【テキスト・参考文献】

リーディング・アサインメントとして以下のテクストから20頁程度を指定します。

OECD編『格差は拡大しているか』明石書店
エスピン=アンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』2001年
大沢真理『現代日本の生活保障システム』岩波書店、2007年
新川敏光ほか『比較政治経済学』有斐閣アルマ、2004年
新川敏光編『福祉レジームの収斂と分岐』ミネルヴァ書房、2011年
ホール、ソスキス『資本主義の多様性』ナカニシヤ出版、2007年
宮本太郎編『福祉国家再編の政治』ミネルヴァ書房、2002年
宮本太郎『福祉政治』有斐閣、2008年
宮本太郎『生活保障』岩波書店、2009年
『ヨーロッパ社会民主主義「第3の道」論集』生活経済政策研究所、2000年


【他の授業科目との関連】

 基礎科目「政治学」「政治史」「政治思想」の内容を踏まえ、より諸外国の政治に焦点をあわせた発展的な内容とします。「政治過程論」とともに受講することで、政治学を体系的に学ぶことができます。

 また「福祉政策論」「社会政策」とも関係があります。


【授業時間外の学習(予習・復習等)】

リーディング・アサインメント30分、討議事項への準備30分程度。


【成績評価の方法】

 小レポート(30点) + 平常点(15点) + 学期末試験(55点)の合計による相対評価。

 小レポートは一回の提出につき15点(×2回)。平常点はグループ・ディスカッションの意見をまとめたペーパー1回提出で5点(×3回、不定期)。これらはアサインメントと講義の内容を踏まえている必要がある。

 60点をCの目安とし、C以上は成績が均等に分布するよう調整する。


【成績評価基準の内容】

 到達目標にしたがって、(1)戦後政治経済体制の特徴と転換、(2)各国の政策の分岐をもたらした政治的要因、(3)比較政治からみた日本の特徴、という三点を説明できれば合格とします。さらに各自でより深い知識を得たか、自らの考えを具体的・論理的に展開できているかに応じて加点します。


【受講生に対するメッセージ】

政治、経済、社会の諸領域を横断する難しい内容ですが、講義とディスカッションをつうじて、一人一人が日本の将来について、自分なりのビジョンを持つことができるように配慮したいと思います。


→ 参考文献リスト